少年ジャンプで『チェンソーマン』を生み出したことで大ブレイクを果たした藤本タツキの原作『ルックバック』を映画化した本作。私は連載初日から『チェンソーマン』をリアルタイムで読んでいて、すごい世界観の漫画が出てきたなーという感想を持っていました。
そんな中、『ルックバック』が突如発表され、発表されてすぐにSNSを中心に世間の話題をかっさらった記憶があります。すぐに私も『ルックバック』を読んで、衝撃を受けました。『チェンソーマン』のようなカオスなバトル漫画を描いていた藤本タツキは、こんな繊細な人間ドラマが描けるんだ!とビックリしたのを覚えています。
今回の映画では原作を忠実に再現し、原作の中に込められたノスタルジックで切ない感覚が凝縮され、さらに原作の良さを引き立たせるような演出に惚れ惚れしました。
本当に面白かった!
鑑賞オススメ点数・・・80点
あらすじ
学年新聞で4コマ漫画を連載している小学4年生の藤野。クラスメートから絶賛され、自分の画力に絶対の自信を持つ藤野だったが、ある日の学年新聞に初めて掲載された不登校の同級生・京本の4コマ漫画を目にし、その画力の高さに驚愕する。以来、脇目も振らず、ひたすら漫画を描き続けた藤野だったが、一向に縮まらない京本との画力差に打ちひしがれ、漫画を描くことを諦めてしまう。
しかし、小学校卒業の日、教師に頼まれて京本に卒業証書を届けに行った藤野は、そこで初めて対面した京本から「ずっとファンだった」と告げられる。
漫画を描くことを諦めるきっかけとなった京本と、今度は一緒に漫画を描き始めた藤野。二人の少女をつないだのは、漫画へのひたむきな思いだった。しかしある日、すべてを打ち砕く事件が起きる…。(HPから抜粋)
以下、ネタバレ含みます。
(1)上映時間58分という強気な姿勢
色々なレビューサイトで最も濃密な58分という表現を良く見ましたが、本当にこれは言葉の通り!今最も充実感のある58分は間違いなく『ルックバック』を鑑賞することだと思いました。それくらい素晴らしい映画。
原作のストーリーからはみ出ないという意志を強く感じるのが作品の時間が58分ということ。短編でもなく58分で上映を決定した製作や配給もチャレンジだったと思います。最近の例としても見たことがないので、今後こういった形が増えるかもしれませんね~
そしてビックリしたのも鑑賞料金が一律1700円だったということ。各種割引も対象外でレイトショーも適用外という徹底ぶり!この徹底的な一律料金というのもヒットへの絶大な確信があってのことでしょうね。
1700円でも人は来る、と判断したんでしょう。すっごい強気!
けれど、鑑賞してしまえばその強気な姿勢もよく分かるほどの素晴らしい映画でした。
(2)絵も音楽も超魅力的!ノスタルジックな雰囲気に涙する
本作の最大の魅力はなんと言っても美しい絵のタッチ。けどもはや絵が素晴らしいのは当たり前のこととして、どこか懐かしさも感じさせてくれるところも大きな魅力の一つでした。
田舎の風景、変わりゆく四季の美しさ、そんなノスタルジックな雰囲気が詰められていてグッときました。それからharuka nakamuraの音楽も最高でしたね。
漫画と映画で大きく違う点は音楽があるかどうかですよね。haruka nakamuraの音楽が藤本作品の雰囲気を最高潮まで高め、人々の心に突き刺さるものに昇華していたと思います。
それから、主人公の藤野の声優を担当したのが女優の河合優実。最近だと『サマーフィルムにのって』や『不適切にもほどがある!』でブレイクを果たして今ノリにノッている女優です。
藤野というクールでボーイッシュなキャラと見た目が、あまりにも河合優実と重なる部分があり、そこもキャスティングの妙だと思いました。河合優実と藤野、似すぎてません!?
藤野に河合優実の独特な声が吹き込まれることによって、観客も藤野に感情移入しやすくなった部分もあったと思います。
(3)タイトルに込められた“ルックバック”の真意とは
そもそも、タイトルにある「look back」とは、辞書的には過去を振り返る、思い返すという意味です。ここからタイトルに込められた意味、そして作品を通じて作り手が伝えたかったメッセージを考えていきたい。
本作では、絵と物語に自信のあった藤野と背景描写が天才的な京本という二人の少女のお話が軸となります。
学校新聞の4コマ漫画で既に学校の注目を集めていた藤野でしたが、ある時から学校新聞に参加した京本の「背景描写」に胸を打たれる。そこで藤野ももっと上手くなろう、と努力しますが、叶わぬ才能に一度挫折します。
幼少期で少しでもクリエイターを目指したことがある人なら、この挫折感は本当に胸を貫くように理解できる描写ですよね。井の中の蛙、どれだけ自分の才能がちっぽけか現実を分かった時、深く傷つきます。そんな描写がまた感動できました。
藤野が卒業証書を家に届けたことがキッカケで、二人の才能は出会うことになります。しかし、京本もまた、藤野の才能に憧れファンだったことが分かります。
藤野の才能に魅せられた京本が影響され、共鳴し合う、逆に藤野の背中を京本が追いかけるような展開になっていきます。藤野は京本の背景の才能に嫉妬し、京本は藤野の漫画を描く才能に憧れます。お互いがお互いを影響し合う、実はかなり対等な関係であったのです。
なんて良い関係・・・!
そして藤野と京本は「藤本キョウ」名義で漫画賞に応募し、順調にプロの道を歩んでいきます。連載が決まったところで、全てを引っ張ってきた藤野に対し、自らの意思で「連載はせず、大学に進みたい」と訴えます。
自分の意思がなかった京本が初めて意思を見せた瞬間でした。
けれど、事態は思いもしない最悪の結末になり、京本は進学した大学で通り魔に殺害されてしまうのです。初めて物語の展開を知った人は唖然としたと思いますが、京都アニメーションの放火殺人事件をオマージュしていますよね。
京アニの事件は2019年で、原作が発表されたのは2021年のことでした。多くのアニメーターが嫉妬に駆られた1人の人間によって命を奪われたのです。
京本の名字も京アニから取っているはずです。藤本タツキや作り手はこの痛ましい事件に対して、アニメに携わる者として悔しさと無念が人一倍あったのではないでしょうか。
京本の突然すぎる死を知った藤野は京本の家を訪ね「if」の世界に飛び込んでいきます。
思春期を捧げて漫画を描き続きた京本との現実の日々、藤野は漫画を諦め普通の人間として過ごした仮の日々、藤野と京本が卒業式の日に交わらず別々の生活をしていた仮の日々、そんな全ての現実と「if」の可能性ひっくるめて藤野は京本との過去を「振り返った」のではないでしょうか。
そして作り手もまた、もし、京アニ事件が起こらなかったら。放火を最小限の被害で止められたら。
そんな後悔の念に駆られていたのかもしれません。
京本を失った藤野はそれでも漫画を描き続ける日々に戻っていきます。その窓に貼った4コマは京本の家にあった4コマ。(恐らく何も描かれていない白紙の4コマ)。藤野は現実に向き合いながら、京本との想い出を、白紙の4コマを近くに置くことで振り返り続けることになるのだと思います。
そして、藤野の幼少期の部屋、京本の幼少期の部屋、藤野の成人してからの部屋、3つの部屋には必ず大きな窓がありました。2人にとって「窓」は大きな意味を占めていて、外の世界と繋がりを持てる重要な要素だったのです。
藤野は偶然にも引きこもりだった京本を外の世界に引っ張り出した。2人の小さな部屋からは田舎町の美しい景色が広がり、彼女らをいつでも迎え入れてくれるような気がするのです。
ちなみに、藤野の部屋には『バタフライ・エフェクト』のポスターが貼ってありました。映画好きな藤本タツキらしい演出です(笑)
『バタフライ・エフェクト』も過去を振り返り書き換えようと奮闘する物語でした。
『ルックバック』では、過去を書き換えるような特殊能力は出てきませんが、青春の詰まった甘酸っぱい過去を振り返り、藤野と京本と一緒に、感傷に浸れる本当に心に沁みる映画でしたね。
まとめ
『ルックバック』はオリジナルストーリーを追加せずに、原作に忠実に、そして58分という短い尺に収めました。この成功例を機にもっとこうした新しい映画の作り方があっても良い気が凄くしました!
まだまだアニメの可能性は無限大です!
藤本タツキの新作を楽しみにしたいと思います!
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