今回は、2021年のアカデミー賞で脚本賞を受賞した「プロミシング・ヤング・ウーマン」を観てきたので感想を書いていきたいと思います!
アカデミー賞ノミネートとしては、脚本賞の他に作品賞・監督賞・主演女優賞・編集賞の5部門にノミネートされていました。
今年はなんだかハリウッド大作に目が行きがちな気がしていますが、久々に傑作を観たような気がします!
あらすじ
30歳を目前にしたキャシー(キャリー・マリガン)は、ある事件によって医大を中退し、今やカフェの店員として平凡な毎日を送っている。その一方、夜ごとバーで泥酔したフリをして、お持ち帰りオトコたちに裁きを下していた。ある日、大学時代のクラスメートで現在は小児科医となったライアン(ボー・バーナム)がカフェを訪れる。この偶然の再会こそが、キャシーに恋ごころを目覚めさせ、同時に地獄のような悪夢へと連れ戻すことになる……。(HPより)
以下、ネタバレ含みます
(1)語るべきキャシーの物語
この映画は予告編にもある通りキャリー・マリガン演じるキャシーの復讐劇です。
冒頭キャシーは酔っ払いの娼婦のような行為をクラブで夜な夜な繰り返し、わざと鼻息荒い男たちにお持ち帰りをされ、いざセックスの流れになった時にシラフだったことを告げ、男を罵倒し去っていきます。
一見、見ず知らずの男の家について行きセックス寸前でノーを言うという、なかなか危険とも言える行動を日々繰り返しているのはなぜか。観客はキャシーの謎の行動を映画の物語を通じて探っていくことになります。
中盤で徐々に明かされていきますが、プロミシング・ヤング・ウーマン、つまり「前途有望な若い女性」からキャシーがドロップアウトしたのには医大生時代の大きな心の傷によるものだということが分かります。(キャシーは医大生だったが退学した)
それは親友ニーナのレイプ事件。そしてそのレイプ事件を周りの人間が囃し立て、当の事件加害者は何も悪くなかったかのように今の時代を悠々と生き続け、ニーナの存在は社会から抹殺されたかのような扱いを受けてしまいます。
その扱いに対してキャシーは行き場のない怒りをぶつけるために「セックスを寸前で断る」という不特定多数の男に対しての復讐を行なっていたのでした。
そんな行き場のないキャシーのやるせない怒りも、同じ医学生だったライアンと再会することで大きく運命が変わっていきます。
ニーナの事件後、人との関係を10年近く閉ざしてきたキャシーにとってライアンは久々にできた友人・そして恋人でした。ライアンと当たり前の日常を過ごすことで復讐の終わりも見え始めましたが、当時の同級生や弁護士との繋がりを見つけてしまったキャシーは復讐の計画を思いつき、さらに復讐を加速させていくのです。
本作で最も語られるべきはジェンダーの問題であると思います。男への復讐を繰り返すことでそのメッセージは明確です。
性差別、女性軽視、me too運動etc・・今般蔓延る様々なジェンダー諸問題が随所に表れていて観ていて辛いところもありました。
映画にはよくモノやコトが何かのメタファーに使われることが多いですが、車と銃は男性の象徴とされることが多いと思います。
キャシーがある日車に乗っていると、男が乗った車が横につきキャシーを罵倒します。停止線で止まっていただけなのに、「アバズレ!」など、あり得ない言われ様です。
罵倒されたキャシーが取った行動は、車に置いてあるスパナを取り出し、男の車を殴りつけ、最後はフロントガラスを叩き割ります。
こうした「車を破壊」する行動からも、キャシーの男社会に対する反抗や警告の意思が見えてきます。
(2)キャシーの行動から見るもう一つの問題
本作の明確なテーマはジェンダー問題が大きいところだと思います。ただ、キャシーの復讐が進んでいくと、それだけはないもう一つの大きな問題が浮き彫りになっていきます。
なぜなら、復讐のターゲットは男性だけでなく女性もその対象に含まれているからです。ジェンダー問題だけでは起こり得ない復讐劇が開始されるのです。
キャシーは、ライアンと同じく医大生だったマディソンと当時レイプ事件を担当した弁護士の元に行き、「なぜニーナの死は止められなかったのか」「過去は過去のものとして忘れても良いのか」と問い質します。
しかし、二人から出る言葉は自分を擁護する言葉の数々で謝罪やどう行動すれば良かったのかの言葉ではありませんでした。
マディソンには自分自身に対して、弁護士には娘に対して、ニーナが昔経験した恐怖と似たような状況を作り、ニーナの恐怖感を二人にも追体験させます。
ニーナと同じ恐怖感を女性たちにも味わわせてキャシーの復讐は終わりに近づいていくのです。
女性たちを復讐することでキャシーの目的も徐々に分かっていきます。キャシーの復讐のもう一つの狙いは「過去の清算」なのではないかと思いました。
「若かったから」、「将来有望だから」そのような曖昧な未来に賭けて学生とはいえ成人した大人たちの裁きを見過ごして良いものか、キャシーからそう言われているような気持ちでした。
この問題はまさに日本でタイムリーな問題で、コーネリアスの小山田さんが学生時代のいじめ問題を公表していたことが話題になり、オリンピックの楽曲使用が変更されました。
「プロミシング・ヤング・ウーマン」の日本公開のタイミングが偶然とはいえ、すごいタイミングで現実でも似たような事例が大きな問題となってしまいました。
本作でもまさに「過去の清算」をテーマとしており、若い頃に犯した罪は消えるのか、罪に時効はあるのか、キャシーの行動からジェンダーとは別の問題が分かってきました。
キャシーはニーナのレイプ事件に関わっていた人物を次々と復讐し、遂に事件の首謀者であったアル・モンローの独身最後のパーティに忍び込み復讐を果たそうとします。
復讐は衝撃の結末によって幕を閉じますが、アルがキャシーを殺害することで事件は明るみになり事件に関わった者たちは逮捕されていくことになります。
復讐の代償がキャシーの死、というあまりにも大きな代償だったことが、本作が大きな議論を呼んだ理由だと思います。
過去の罪は死ぬまでついて回るのか、どこかで必ず清算する日がやってくるのか、キャシー同様考えずにはいられないシーンとなっています。
(3)緊張感の連続。しかし読後感は爽快
復讐劇なので、冒頭から緊張感が連続するシーンが続きますが、意外と鑑賞後のテンションは後味の悪い感じではなく、個人的には爽快な気分で劇場を後にすることができました。
映画全体のストーリーが音楽や美術含めてポップな仕上がりに意図的に演出されているからだと思います。
男に対する復讐の内容も浴びせるように酒を飲ましたり、ナース姿のまま手錠をかけて追い詰めたりと、エンタメ要素も満載で描かれていることが大きな原因かと思います。
また、ライアンとのロマンティックな恋模様も良い塩梅で描かれるので不思議と青春映画を観ていたような気分になりました。
この爽快な読後感に、劇中描かれてきた問題提起を忘れるべからず!という意見もたくさんありそうですが、この爽快感はエメラルド・フェネル監督がかなり計算的に脚本の段階から練っていそうですね。
単純にジェンダーや過去の罪を描きたいのであればもっと重い描き方はできただろうし、ラストに向けての展開ももっと重い空気を演出できたはずですが、かなり軽やかに描いて見せています。
フェネル監督の意図としては、どんなに重い問題提起であってもまずは、「映画はエンタメであるべき」という考えを持っているように感じました。
まずは世界中の様々な人に観てもらい、そこで話題になり、火が付き、世界的な議論に発展していく。そこが本当の狙いなのではないかと思いました。
狙い通りに行けば、きっと今頃キャシーは満足げに笑っているのでしょうね。
そして、本作の見どころと言えば、キャリー・マリガンの凄みですよね。最初にこの映画を知ったきっかけはキャリー・マリガンの主演作!という情報からでした。
どんどん演技が上手くなっていくというか、もう全く目が離せない女優さんだな〜なんて思いながら観ていました。
嬉々として男を追い詰めるときの狂気的な表情に、バチっと変化する様子は恐怖そのものでした(笑)
あんなに怖い顔とトーンでキャリー・マリガンに詰められたら、泣きながら謝る男たちの気持ちだって共感できます(笑)
まとめ
今年のアカデミー賞で作品賞を獲った「ノマドランド」が個人的にもうひと超え!って感じだったので予想外に大傑作な「プロミシング・ヤング・ウーマン」という作品に出会えて幸せでした。
あまり予想してなかった時に、良質な面白い作品に出会えた時が一番嬉しいかもしれないですね。
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